2009年6月アーカイブ

うどん

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 年中料理を作っていると、自分で食べるものくらいは他人が作ったものを食べたいと思うことがままある。なので、毎日家族の食事を作っていたらたまには外食もしたくなる、という主婦の気持ちはよくわかる。

 

「料理人の方は、やっぱり食べ物にこだわるんですか?」

 

そんなことは、ない。せいぜいが出してもらったものは残さず食べることくらいで、あとはなんだってありがたくいただいている。うまければそれにこしたことはないが、うまくなきゃいけないとも思っていない。食べるということに主義主張を持ち込まないのは、普段作ることにこだわっている反動である、わけでもない。アレが嫌い、コレは食べないというのを、ダサいと思っているだけである。

 

いずれにせよ、誰かのために料理を作り続けている人間にとって、誰かが自分のために作ってくれたという前提は、それだけで食べるほうを幸せな気分にしてくれる不思議な要素なのである。

 

私は駅の近くに住んでいることもあって、駅の立ち食いうどんによく行く。その、駅の近くというその町は、北関東は群馬県の伊勢崎というところである。町の大きさのわりにはいまだに駅舎が木造のクラシックな駅で、それがまた、このうどんを引き立ててくれる。この頃はラーメンも十分に市民権を得ているが、やっぱり駅には、うどんが似合う。そんな措辞を差し引いたとしても、辺りの他の駅に比べてこの伊勢崎駅のうどんは旨いのだが。

 

まず券売機で券を買って、おばちゃんに提出。いつも来ているお客が無言なのは陰険だと思うから、券は買うが注文は口で伝える。「かけうどん一つ」。するとおばちゃんが茹で麺をお湯の中に入れて箸でかき混ぜて、「チャッ、チャッ、チャッ、チャ」。決まって4回お湯を切って、温めた汁をかけるだけ。あとは刻んだねぎを乗せるとかけうどん270円の完成である。あっという間の出来事であるが、これも立派な料理であろう。

 

うどんが食べたい!そう思いたってから数分で到着して、さらにそこからものの一分としないうちに目の前にうどんが並ぶ。まさにこれ、贅沢なり。

 

うどんと言えば少し前までは、各家庭自前で打って食べるものだった。おそらく昭和30年代くらいまでである。私が子供の頃はすでに外で食べるもの、もしくは主流は乾麺、になっていたから、手打ちのうどんが食卓に上るということはあまりない。駅のうどんが贅沢なのは利便性からであって、それじゃあ何が豊かなのかとなったら、我が家で打って食べるうどんにはかなわないだろう。

 

うどんが家庭で打つものだったころ、土地によっては麺板や麺棒が嫁入り道具だったところもあったという。母から子へ、子から孫へ、うどん打ちが家を預かるものの、言わば名誉でもあった時代があった。うどんはそうやって、日本人が生きていくうえでの拠り所にだってなってきた。

 

どうやったらそれをいま一度取り戻せるだろうかと考えてみても、名案はない。たまには自分でうどんを打つのもいいかもしれないとは思うが、さて自分のためにそれができるか。

 

 梅雨入り前の5月下旬から6月にかけて、電車に乗って車内から窓越しに見る風景は、どこもまぶしいくらいに日焼けした一面小麦色の世界になる。小麦はいま、収穫期を迎えている。金色に輝く麦畑は、誇らしげである。

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