2009年7月アーカイブ

梅干し

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 人間に相性があるように、味にもまた、相性がある。

 

 相性というのは、互いに相補えば整然として安定をするが、逆にそれがそこはかとないつまらなさになることもある。一方互いに刺激が強ければとんがって、場合によっては破滅までもすることがあるし、ときにそれが大きなエネルギーとなることだってある。してみれば相性というものを、ただ「いい」や「わるい」だけで片付けてしまうのもどうか。

 

 味の相性の話である。たとえば、スイカに塩を振ると甘くなる、というのがある。甘いものに一定の塩からさを加えるとよりいっそう甘くなる、ということだが、これはお互いがうまく補い合ういい例であろう。同じような例で、だしに適度の塩を加えると旨みが強く感じられる、というのもある。塩からさには、相手のいいところを引き出す能力があるのである。

 

 次に、相手の強すぎるくどさやのっぺりとした物足りなさを調節する味もある。酸味である。餃子を酢につけて食べるとさっぱりとしたり、白身の魚をポン酢につけて食べると旨みがおもてに出てくる、といったように。

 

 この、塩味と酸味に共通するのは、相手の持ち味を引き出すところにある。味というのは基本的に重なり合ってひとつになるものだが、塩味と酸味には、重なること、に加えて、脇に回って全体のよさを引き立てる、という効果がある。甘味や旨味などと比べてみれば、どちらかといえば甘味や旨味が、自分の味で相手のよくない部分をわかりにくくする、というものであったりする。自らが主役になることを要求してくるのである。

 

 もうひとつ、塩味と酸味には、少量で効果を発揮する、という特徴もある。これは裏を返せば、その使い方がとても微妙で繊細さを要求するということでもある。味というのはある程度の許容範囲があるものだが、塩味と酸味は少しでも足りなかったり多すぎたりすると人間の舌には不快になる。だからこそ、ほんの少し加えただけで驚くほど味の表情が変えられるという効果もある。

 

 先日、初めてルーから手作りでカレーを作ってみたのであるが、出来上がったときにどこか物足りない味になってしまった。旨味はよし、甘味もあるとなったときに、酢を少し入れたら味がまとまったという経験をした。日本酒などを飲んでいても、うまい酒というのは、酸の個性とその配分が絶妙だったりする。

 

 よく日本料理は、引く料理だといわれる。これは正確には、引き出す料理、ということであろう。いろんな味を重ねていっておいしさにたどり着く、というよりも、メインとなる素材の持ち味を引き出すことを主眼においている、ということである。そう考えたときに、引き出し効果のある塩味と酸味がとても大事な位置を占めるようになることは言うまでもない。よく言うこれが、「塩梅」である。

 

 さて、味の相性の話の続きである。「互いに刺激が強いにもかかわらず反発せずに大きなエネルギーとなる場合」、とはどんな場合だろうか。そのいい例が、「梅干し」である。酸味の極致である梅を、これでもかという塩に漬け込んでひたすら寝かせる。その出来上がった梅干しは、もちろんすっぱいししょっぱい。ウマサを舌の心地よさだけで判断しようとしたら、これほどわかりにくいウマサはない。しかしながら、舌には心地よくなくても、体には心地よいということだってある。そんな風にしてウマサを認めてしまえるのが、脳というヤヤコシサを抱えた人間なのだと思う。

 

 少量で効果を発揮するのが塩味と酸味だと言った。そしてその二つがさらに、「時間」という究極の調理法によって一体となった梅干しは、驚くほど体にいい。代謝を促して疲労を回復し、内臓から体を、強く、たくましくしてくれる。夏バテや虚弱体質など、そういう自分自身の物足りなさに、梅干しはすこぶる力を発揮する。こうなると人の体もまた、素材である。

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