2010年4月アーカイブ

わらび

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チアミナーゼ、という名前らしい。わらびのアクの正体。体に良くないのだそう。

 春になると里山の便りとでも言いますか、いろんな山菜が、近所のスーパーにも届きます。たらの芽、山うど、ふきのとう、こごみに、竹の子、山椒に、それからこしあぶら、うるいなんていうのは最近の流行。いろいろあるもんです。これらみな、少なからずその中にアクを持っている。このアクを、うまくなだめすかして取り除いてからでないと、おいしくはならない。

 山菜のアクの取り方にもいろいろあって、湯がいただけで十分なのもあれば、わらびのように灰をまぶして熱湯をかけて、一晩おく、という手間のかかるものもある。竹の子は米ぬかに鷹の爪が定番。ゆで汁にそれらを入れて1時間から1時間半くらいゆっくりゆでる。そうやって下処理された山菜は、里山の苦みと甘みをぞんぶんに備えた、春のごちそうです。

 それで先程の、チアミナーゼ。難しい名前です。ちあみなーぜ、ひらがなにすると、こうすると少し身近に、同級生の知亜美ちゃんを冷やかす芸のない子供、というわけにはいかないか。いかないな。カタカナガオボエラレナインダ。

 このチアミナーゼ、ただ美味しくないだけじゃなくて体の中に入ると悪さをする。つまりビタミンB1を分解する。それが体にとって不適なのは、ビタミンB1が炭水化物の代謝に欠かせない栄養素だから。このビタミンがうまく摂取されないと体は酸化して疲れやすくなって、力が出ない。むかしはよくあった脚気、これもビタミンB1不足が主な要因らしい。慢性化すれば神経に障害をきたす。

 知亜美に、...いや、チナミニ、その、脚気は江戸患いと言って、江戸っ子によく見られる症状だった。粋を信条とする江戸っ子の中には、どこでどう間違えたか、銀シャリ(白米)じゃなければ飯じゃねえ、という輩も多くいた。私の周りには、いまだにいる。

 米というのは胚芽の部分にビタミンB1が含まれているから、そこを取り除いた白米ではビタミンB1が摂れない。今のように他の食品で摂取できればよいのだろうがそうもいかない時代には脚気になるしかなかった、ということ。体にとってビタミンB1は必要、ということである。

 ここまでくれば、チアミナーゼがいかにためにならないやつかというのもなんとなくわかる。そうしてやっと、なぜか親近感がわいてくる、というのも、私の偽悪性ゆえ、というわけではなかろう。チアミナーゼにも大いに存在価値がある、つまりそんな話。

 アクは植物にとって、体内に蓄えた、自分を守るために必要な、毒である。もちろんそのまま摂れば害になる。しかしそれは当人にとっては必要なので、生きていくために、それを持っていることが、自分を生かす、ということにつながるから、必要なのである。

 アクをわがものとできる、ということは、それに呼応する値打ちも備える、ということで、値打ちとアクとは、一つなるものの両面、でないと意味がない。値打ちを備えるためにアクはあるのだから、アクを取り除いたからといって安心できるものでなく、その値打ちをわかってこそ、アクを取り除いたそのことが意味を持つ。ましてや、アクがあるから敬遠する、などというのは論外で、これはもう、私はなんの値打もない人間です、と言っているのと同じだ。

 そう簡単にアクを手放すな。そういうことです。

 わらびの値打ちは、シャキシャキと心地よい歯ごたえ、ねっとりと中から出てくる甘み、そしてその、苦み。アクを根こそぎ取り除いてしまったら、この苦みは味わえない。アクは取り除くべきものだけれど、そこには表裏一体で値打ちが隠れていることを忘れては、不味い。

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