2010年7月アーカイブ

ぬか床

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 塩辛を作った。

 作ったのはイカの、塩辛。

 スルメイカをさばいて、塩をしたその肝で細切りにした身を和えるというシンプルな料理が、イカの塩辛。けれどもアプローチがシンプルなものほど、本質は複雑だったりする。
 

 今まで何度もイカの塩辛を作ってきたが、どうもそれは「塩辛」ではなかったらしい。今さらですが塩辛とは、「発酵食品」である。

その前に、私が今まで作ってきたそれについて。

私のは塩をして裏ごした肝に、アツアツに熱した鉄の棒をくぐらせてジュージュー焼く。そうすると肝に香ばしさが加わって生臭みが和らぎ、まったりとした濃厚感が増す。これはこれでちゃんとしたイカ料理で、自分で言うのもなんだが、イカしてもいる。しかし、「塩辛」じゃない。

塩辛の歴史は古い。その起源は古代中国の発酵食品のようであるが、日本においては平安時代に塩辛の作り方を文献の中に見ることができる、のだそうだ。そもそもイカを生で食べられるようになったのなんてつい最近のことである。冷蔵庫という文明がそれを可能にしたのは最近のことで、漁師町にでも住んでいない限り、イカを生のまま食べる、なんて古来できなかっただろう。


 ということで私のは、「塩辛」じゃない。あえて言うなら「イカの焼きわた和え」、とでも言うべきか。過熱した肝は、発酵しないからである。

かりにイカの塩辛を一般的に、肝を焼かずに仕込んだとして、発酵し始めるまでには最低でも45日、ことによっては2週間くらいかかる。塩辛を「発酵食品」ととらえていなければそんなにもたせておくことはおよそあり得ず、せいぜい23日で食べきってしまうのがいいところだろう。ちなみに過日私が作った塩辛、これは肝を焼かずに仕込んだのであるが、仕込んでから冷蔵庫で保存してそろそろ3週間になる。作りたては生臭みが気になって仕方なかったが、ずいぶん味がこなれてきた。深みが増した、とでも言おうか。

 肝を焼いて濃厚感の増した「わた和え」も、発酵が進んで深みの増した「塩辛」も、それぞれによさはある。ただ、料理人からしてみれば、発酵を止めた料理のほうが扱いはしやすい。

 「発酵」を扱うのは一筋縄ではない。それが単品目であるならばまだしも、いくつもの種類も、となればなおさらになる。「発酵」の難しさは、多様の菌が同時多発的に動き出す、ということだろう。だから管理に手間を要する。やることはシンプルかもしれないが、相手は複雑である。ほんの少し目を離した隙に急変したりする。なにより頃合いを求められるので、うまく付き合うためにはときに徹底して寄り添う必要も出てくる。一言で「複雑」に向き合うためには、愛情がなければならない。

 台所で扱う発酵に、ぬか床がある。ソレこそ目を離すことのできない代物で、愛情なくして面倒を見ることは容易ではない。もし台所から「ぬか床」がなくなりつつあるとするならば、それは当然、台所から「愛情」がなくなっているということでもある。私なんて、自分の愛情を試してやろうと思ってぬか漬けを漬けている。

 「発酵食品」のことを、愛の恩返し、と呼んでみることにする。「愛の恩返し」とはあまりイカしたネーミングではないが、ともすると人生の手ごたえとは、そんなところにあるものなのではないか。「発酵食品」のおそらく凄いところはまたの機会にするとして、ありていに言えば、ソレが生きている、というものが「発酵食品」で、生きているものを口にするから口にしたほうも生き生きと生きていられる、というのが、「発酵食品」なのだと思う。

古来「発酵食品」を、文字通り「手塩にかけてきた」種族がそれをやめたらどうなるか。

 

そりゃあそうなる、のだろう。

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