2010年8月アーカイブ

茶漬け

RIMG0918.JPG うちの教室のとなりに住む医者のM先生は、類稀な食道楽。夜毎チーズやワインを持ってきては、「これ食べてみろ」と、道楽レッスンになる。

 

 生ハム、チーズ、ベーコン、はちみつ。いったいどこで手に入れたのか、レアな食べ物を次々に持ってくる。そのほとんどが、およそ食べたことのない味。

 

 先生は、「パリの食いもの屋はどこもうまい」というのが口癖で、「俺の口に合うんだな」と言っては、私の作る料理に、「これはひどい」といちゃもんをつける。まったくな言い草だ。いつも先生のどん欲は「食べ物の生命力」に向かう。「生きた味」を求める。口は悪いが、そんな先生の道楽レッスンは面白い。

 

 料理には普通、食べた者が「おいしい」と感じる範囲がある。「おいしい」の中身には甘いや酸っぱいなどいろいろあるが、それらが一体となった味が「おいしい」の範囲内に収まっているとおいしくて、はみ出したり足りなかったりするとおいしくない。料理には、「おいしさの着地点」とでもいうような、「範囲」がある。

 

料理人は、「着地点」をイメージして料理を作る。イメージして、次にそこに辿りつく手段を持っているかどうか、が、腕だろう。包丁をどう入れるか、塩をするのか否か、過熱はするのか生のままか。一つ一つの積み重ねがイメージした「着地点」に向かえているかどうか。料理の腕とは、そうした調理技術の組み合わせである。

 

だからって、そんな話はどうでもいい。大事なのは、「おいしさの着地点には範囲がある」、というソレである。これは逆に言うと、「範囲のある料理はおいしいだけ」、ということでもあるのである。

 

料理を作る者の中には、あるいはそれを食べる者の中には、「おいしいという感想」では物足りない者だっている。「おいしい」と、もうひとつ、「しあわせ」、とも違うような、そういうものの向こう側にある、「身動きできないような感動のようなもの」だって、欲しいやつは欲しい。

 

「感動」は、「点」が生む。「融通性のある範囲」じゃなくて、「これじゃなきゃいけない点」で合わさった時に、そこに「感動」が生まれる。

 

たとえば今、「幸せのひとしな」というタイトルでこの文章を書いているのだけれど、「幸せのひとしな」というタイトルは、「仕合わせのひとしな」とも書く。複数の「仕」が「合わさったところ」、「仕入れ」であり「仕込み」であり「給仕」でもあるような「仕」が「集まったところ」で料理の「仕合わせ」は成り立つ、という前提、というか決めつけで、書いている。

 

「仕が集まったところ」は、やはり「範囲」である。もろもろが「仕合わせの範囲内」に着地できたときに訪れるのが「幸せというもの」なんだろうなぁと思っている私は、ある面においては融通性の塊で、どちらかというと料理を、「こうじゃなきゃいけない」ではなく、「これもアリ」でとらえたいのかもしれない。

 

「感動」を生むための「点」は、デリケートを要求する。そこに初めから融通性はない。ところが「仕、合わせ」を地道にやっていると、ときに思いもかけないところで「感動」が生まれることがある。

 

先日いつものようにM先生とその仲間3人と道楽談議に花を咲かせていると、一人が「茶漬け」を食べたいと言い出した。私は鰹だしの茶漬けが好きでそれを作ってあげようと考えたが、あいにく鰹節を切らしていた。仕方なく昆布と煮干しでだしをとって、具はしらすに三つ葉に海苔、その程度の材料で茶漬けを作った。ご飯は玄米である。

 

その、言ってみれば「あり合わせ」を食べて、やれワインだ、日本酒だ、焼酎だと大騒ぎだったよったりは黙った。見事に揃い踏みで黙々と茶漬けをすすっている。食べ終わってひとこと、「うん」。

 

なにも、その茶漬けが食べたことのないような絶品だったわけではないでしょう。しこたま飲んだ、とか、少々腹も空いていた、とか、汁気が欲しかった、とかいった、とどのつまり「し」が重なって、その重なったところがタイミングよく「そういう一点」だった、ということなのだろう。要するに、「これじゃなきゃいけない」に縛られていなくても、「身動きできないような感動のようなもの」は訪れるんだ。これはきっと、「融通性」という、へたすりゃいいかげんとも取られかねないような「遊び」が生んだんだと思う。

 

「幸せ」で、いいじゃないか。おかしな言い方だが、「幸せ」は、「あり合わせ」の向こうに歴然とあるのだから、ならば、「感動」は思いがけずにやってくるご褒美、くらいでいいのではないだろうか。「感動」を目指してがんじがらめになる、よりも、目の前の「あり合わせ」を地道にやる、の方が先だろう。

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