2010年10月アーカイブ

おやき

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「こっちが私のぬかで漬けたきゅうり。こっちが、先生のレシピのぬかで漬けたきゅうりです」

 

料理教室の生徒で、松井田から通ってらっしゃる女性がいる。教室のある伊勢崎から松井田までは、距離にして50㎞はあるのではないか。互いに駅の近くだから電車を乗り継げば難なく来られるが、おいそれと辿りつく距離ではない。

 

生まれは群馬で、10数年前まで東京で暮らしていたらしい。仕事も子育てもひと区切りついたときに、ご主人と二人松井田に越してきたという。以来、自ら畑を耕しながら暮らしている。しばしば思うのだが、立場上「先生」と呼ばれている私の方が、いつもなにかと教わっている。

 

二つ並んだきゅうりを、試してみる。見事に味が違う。彼女のぬか床で漬けたきゅうりは口に入れたときのインパクト、寝かせたぬか床の持つ味の厚みがある。私のは口に入れてふた噛みくらいしてから味が出てくる。当たり前の話だが、これは私の味である。

 

他人に自分の味を教えてもらう、という機会はそうあるものではない。あらためて比べるとよくわかるもんだ。しかし、自分の味を説明するのは難しい。どう言うべきか。なるほど微妙に複雑である。本人にとってはそれでまとまりを持っているのだが、わからない人にとってはつかみどころがない、だけかもしれない。ぬか床には、かき混ぜる者の人間性まで出てしまうらしい。

 

松井田のその生徒さんは、季節ごとにさまざまな手土産を持参してくれる。なすやきゅうり、梅、ゆず、ゆべし、ゆずのジャム、おやき、炊いた小豆。それをどう調理するのかという段になって、俄然話は面白くなる。

 

たとえば小豆はゆでこぼさない。「ゆでこぼすと小豆の味がしなくなる」からだと言う。小豆は何度もゆでこぼしてアクを抜いてから砂糖を入れる、というのが小豆を炊く時のセオリーである。だが彼女はゆでこぼさない。その「アクを引かない小豆」には力があって、なにより素朴。砂糖がたっぷり入ったやつなんかより、余程あか抜けてもいる。

 

おやきには重曹やベーキングパウダーを入れない。「近くの磯部温泉の鉱泉を入れたりもしたんですけど、ナニカ飽きるんです。小麦粉の味がしなくなってしまうんですね。何も入れないと毎日食べていても飽きないんです」。膨らし粉を入れないおやきは硬い。硬いからといって断念したらこのおやきはわからない。噛めば噛むほど小麦粉の、「農林61号」の味がしてくる。噛めば噛むほど、じわっと染みてくる。 

 

ひとつ聞いてみた。

 

「普段ケーキとか食べますか?」

 

「あまり(笑)。ケーキはケーキの味しかしないじゃないですか」

 

すごいことを言う。

 

おやきは、小麦粉を水で練って丸め、焙烙(ほうろく)という土製の焼き物で焼く日本の伝統食である。信州長野が有名だが、群馬でもおやきは昔から庶民の日常だった。「やきもち」という呼び名の方が、群馬では通りがいいかもしれない。

 

「現代の粉もの料理」に慣れている口からすると、おやきは硬い。とくに群馬のは、硬い。それがおやきの流行らない理由でもあろうが、原料の味はこの硬いやつがよくわかる。「硬い」、ということはまず、「その硬さに向かっていく能動性」、がなければならない。「ふんわり」とか、「もちもち」ならば、受け身でありさえすればいい。パンなんかも、小麦の味がしっかりするものは硬い。

 

だからと言って、柔らかいものを毛嫌いしようというわけではない。むしろどちらかと言えば私などは、途方もなく好き、な部類に入る。それでもこうしてあらためて硬いおやきを食べさせていただくと、硬いソレが、いい。作った彼女にそう伝えると、本人はどこか自信なさげにしている。もしかしたら、自分がいいと思うものを周りはそれほどいいとは言わない、という経験がそうさせているのかもしれない。そうやってこの、だんだんとこういう食文化が、「人間の能動性を喚起してくれる食文化」がなくなっていっているのだとしたら、えらいことである。

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