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えごま(じゅうねん)

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ご当地グルメはイカシテル、と思っているのはきっと私だけではないのではないか。先日福島県全域から集めたご当地食材8点を、出張マルシェで販売してきました。

 

扱ったものは以下の通り。

みそ豆、

根菜漬、

久留満麩、

えごま(じゅうねん)みそ、

凍み豆腐、

えごま、

南蛮味噌、

そばはっと。

 

これらを選ぶときの基準は、名前がイカシテルか、パッケージがイカシテルか、原材料がイカシテルか、だいたいこの3点です。

 

この3点が基準値を満たしているもの(私の勝手な基準値です)で今までまずかったものはあまりない。万が一これでまずかったとしても、この3点を満たしているということに満足してしまってる私の脳は、まずいという判断を、下しません。

 

いやほんとにそうなんだ。

 

そうやってうまい、まずいを判断することもできるんだと身に沁みてわかってきたのはつい最近ですけれども、文化ってそういうとこから生まれるものなんじゃないかと思っています。そうじゃなかったら、くさやとか鮒寿しなんてありえないと思うもんな。ああいうものがきちんと位置づけられている日本の食文化をイカシテルと思えるか思えないか、つまりそういうことなんじゃないかと思います。

 

そうやって食べ物に向き合うと、今度は食べることが楽しくなりますよ。常に主体的でいられますから。でも逆に、常に検証し続けなければいけませんから、大変といえば大変にもなりますけど。

 

口に入れてハイお終い、は楽なんですね。でも一方で、こいつはどういうプロセスで口の中に入ってきたのかってことに興味を持ちたがるのが人間でもあって、それでいったい今後これとどう付き合ってゆくか、を確かめるようとするから今を生きられている、というのも人間なんだって気がします。文化というのはその結果の、なにやらカタチとして残っていくもの、でしょう。

 

要するに、文化はいりますか?、いりませんか?、ということですかね。

 

それで、話は一気に飛ぶけれど、このごろどうも気になっていることについて。3.11の震災被災地の方の避難先への受け入れについて。

たとえば私の住む群馬県は今(20114月末現在で)県全体で3000人ちょっとの方をいろんな形で受け入れてますけれど、これが、受け入れてハイお終い、が多い。最近南相馬市から避難されている方と交流を持つ機会がありまして、どうしてもそう感じてしまいます。

 

主体的にふるまえる余地を多分に制限されている方々に、アナタたちはここで集団生活をどうぞ、とやる。表向きは自由に、となってますけれど、行政主導で動いてますから役所と役所のやりとりの中での自由、なんですね。

 

今まで役所間のやりとりとは縁遠かったのでよくわかりませんでしたが、役所と役所のやりとりの中での自由、って、ただの不自由、でしかないんですね。

 

きっと現場の担当者はそんなことはないと言うのかもしれませんが、いやいや私は文化がいるのかいらないのかの話をしてるんで。イカシテルかどうかの話なわけで。

 

地震が起きて困っているというから、受け入れた。その受け入れた、は、どういう受け入れた、なのか。そこに受け入れた側の主体性が少しでもあるならば、相手の主体性と向き合うのはこれ当然なんじゃないですかね。それとも受け入れた側に主体性なんてないのか。だったら受け入れちゃいかんがね。

 

主体的にふるまえる余地を多分に制限されている方々の主体性はどこにあるのか、ということなんですね。主体性はあるんですよ。どんなに制限されていようと。それは心の中ですよ。そこに向き合わなくちゃダメでしょが。まったくそういうスキルを、というか発想自体を持ち合わせていないんですね、行政は。

 

それじゃやっぱりダメなんでね、イカシテル人生を送りたい、と思っている人間にとっては。人生を文化そのものと捉えている人間にとっては。

 

受け入れてハイお終い、はぜんぜんイカシテナイのですね。

 

言っときますけどイカシテナイって、生かしてない、ですからね。

 

今回のひとしなはエッセイというより、叫びだな。

 

福島県でよく使われるご当地食材に「じゅうねん」という胡麻に似た食べ物があります。これは荏胡麻のことです。長野や岐阜、群馬でも山間地に行きますと今でもよく食べられています。

 

荏胡麻の面白いのは地域によって呼び名が違うこと。長野だとえぐさ、岐阜だとあぶらえ、群馬ではいぐさ(たたみに使うい草とは別物)と呼んでいるようです。

 

「じゅうねん」という呼び方は、これを食べると十年長生きする、と言い伝えられてきたから。直球勝負というか、なんのひねりもないというか、つまりどこがイカシテルんだって話ですが、少なくとも福島という土地の、その土地に住む人々の素朴さ、あったかさは生かしてるんじゃないですかね。

 

そう思ったら私の脳は、まずいという判断を下さない。

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このページは、堀澤宏之が2011年4月26日 13:26に書いたブログ記事です。

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